羅生門
観世小次郎信光 作曲
観世小次郎信光 作詞
関連概念 : 邦楽 謡曲

能の一。五番目物。季二月。
観世小次郎信光作。切能物。

渡辺綱が、鬼が出るという噂を聞いて羅生門へ行き、格闘のすえ、鬼の腕を切り落とすというもの。
詞章の一部が『』『綱館』などに用いられている。

【歌詞】

ワキワキツレ次第「治まる花の都とて。治まる花の都とて。風も音せぬ春べかな。
頼光詞「これは源の頼光とは我が事なり。さても丹州大江山の鬼神を従へしより此方。貞光季武綱公時。此人人と日夜朝暮参会申し候。ことさらこのほどは。晴れ間も見えぬ春雨にて候ふ程に。酒をすゝめばやと存じ候。
サシ「有難や四海の安危は掌のうちに照し。百王の理乱は心のうちに掛けたり。
ワキツレ立衆上歌「曇なき君の御影は久方の。君の御影は久方の。そらものどけき春雨の。音も静かに都路の。七つの道も末すぐに。八洲の波も音せぬ九重の春ぞ。久しき久しき。
頼光詞「いかに面々。さしたる興も候はねども。この春雨の昨日今日。晴間も見えぬつれつれに。今日も暮れぬと告げ取る。声も寂しき入相の鐘。

上歌地「つくつくと。春の長雨の寂しきは。春の長雨の寂しきは。しのぶにつたふ。軒の玉水音すごく。独ながむる夕まぐれ。ともなひ語らふ諸人に。御酒をすゝめて盃を。とりとりなれや梓弓。やたけ心の一つなる。つはものゝ交はり頼みある中の酒宴かな。

クセ「思ふ心のそこひなく。たゞうちとけてつれつれと。降り暮らしたる宵の雨。これぞ雨夜の物語。
頼光「しなしな詞の花も咲き。
地「匂も深き紅に。面もめでて人心。隔てぬ中の戯は。面白やもろともに。近く居よりて語らん。
頼光詞「余りに寂しき夜にて候ふ程に。皆々近う寄つて御物語り候へ。
ワキ「畏つて候。仰にて候ふ程に。皆々近う御参り候へ。
頼光「いかに申し候。この程めづらしき事はなく候ふか。
保昌「さん候この頃不思議なる事をン申し候。九条の羅生門に鬼神の住んで。暮るれば人の通らぬ由を申し候。
ワキ「いかに保昌。条なき事な宣ひそ。さすがに羅生門は。都の南門ならずや。土も木も我が大君の国なれば。いづくか鬼の宿と定めんと聞く時は。たとひ鬼神の住めばとて住ますべきにもあらず。かゝる粗忽なる事を仰せ候ふぞ。
保昌「さては某詐を申すと思しめし候ふか。其儀にて候はゞ。今夜彼の門に行き。真か偽りかを見候ふべし。印を賜はり候へ。
ワキツレ三人「満座のともがら一同に。これは無益とさゝへたり。
ワキ「いや保昌に対し野心は無けれども。一つは君の御為なれば。しるしを賜べと申しけり。

頼光詞「げにげに綱が申すごとく。一つは君の御為なれば。しるしを立てゝ帰るべしと。札を取り出で賜びければ。

ワキ歌「綱はしるしを賜はりて。
地「綱はしるしを賜はりて。御前を立つて出でけるが。立ち帰り方々は。人の心を陸奥の。安達が原にあらねども。こもれる鬼を従へずは。二度また人に。面を向くる事あらじ。これまでなりや梓弓。引きはかへさじ武士の。やたけごころぞ恐ろしき/\。

  [ワキ中入]

後ワキ一声「さても渡辺の綱は。たゞかりそめの口論により。鬼神の姿は見んために。物の具取つて肩に懸け。同じ毛の兜の緒をしめ。重代の太刀を佩き。
地「たけなる馬に打ち乗つて。舎人をもつれず唯一騎。宿所を出でて二條大宮を。美袋がしらに歩ませり。
地「春雨の。音もしきりに更くる夜の。音もしきりに更くる夜の。鐘も聞ゆる暁に。東寺の前を打ち過ぎて。九条おもてにうつて出で。羅生門を見渡せば。物凄じく雨落ちて。俄に吹きくる風の音に。齣も進まず。高いなゝきし。身ぶるひしてこそ立つたりけれ。

上「その時馬を乗りはなし。その時馬を乗りはなし。羅生門の石段にあがり。しるしの札を取り出し。段上に立ておき帰らんとするに。後ろより兜の。錏をつかんで引き留めければ。すはや鬼神と太刀抜き待つて。切らんとするに。取りたる兜の緒を引きちぎつて。おぼえず段より飛びおりたり。
上「かくて鬼神は怒をなして。かくて鬼神は怒をなして。持ちたる兜をかつぱと投げ捨てそのたけ皐門の軒にひとしく両眼月日の如くにて。綱を瞰んで立つたりけり。

ワキ「綱は騒がず太刀さしかざし。
地「綱は騒がず太刀さしかざし。汝知らずや王地を犯す。その天罰は。遁るまじとてかゝりければ。鉄杖を振上げえいやと打つを。飛び違ひちやうと斬る。斬られて組みつくを。払ふ剣に腕打ち落され。ひるむと見えしがわきつぢにのぼり。虚空をさして上りけるを。慕ひゆけども黒雲おほひ。時節を待ちて。又取るべしと。呼ばはる声も。かすかに聞ゆる鬼神よりも恐ろしかりし。綱は名をこそ。あげにけれ。

2006/07/27 masashi tanaka

戻る
内容編集
この概念を消去